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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)769号 判決

控訴人 有竹利平

控訴人 有竹ハナ

右両名訴訟代理人弁護士 平原昭亮

同 石川良雄

同 外川久徳

被控訴人 梅田シヅ

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 植木植次

同 金住則行

主文

原判決を取消す。

控訴人有竹利平に対し、被控訴人梅田シヅは金一〇万五〇〇〇円を、その他の被控訴人は夫々金四万二〇〇〇円を、いずれも昭和四四年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を付して支払え。

控訴人有竹ハナに対し、被控訴人梅田シヅは金六万六六六七円を、その他の被控訴人は夫々金二万六六六七円を、いずれも昭和四四年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を付して支払え。

控訴人両名のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ三分し、その一を控訴人両名の、その余を被控訴人らの負担とする。

本判決は控訴人両名勝訴の部分につき、仮にこれを執行することができる。

事実

控訴人両名訴訟代理人は「原判決を取消す。控訴人有竹利平に対し被控訴人梅田シヅは金五五万八六六六円、その余の被控訴人は各自金二二万三四六六円およびこれに対する昭和四四年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。控訴人有竹ハナに対し被控訴人梅田シヅは金二三万三三三三円、その余の被控訴人は各自金九万三三三三円およびこれに対する昭和四四年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張ならびに証拠関係は次の通り訂正付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

(1)  原判決四枚目裏七行目「債権者」とあるのを「債務者」と訂正し、同所「別紙物件目録」の次に「(但しこの目録は欠缺しているが、右地上のコンクリートブロック塀と解される)」を付加する。

(2)  原判決五枚目裏六行目「原告」とあるのを「控訴人利平」と訂正し、五枚目裏四行目「別紙目録二記載」とあるのを「別紙目録(三)記載」と訂正する。

(3)  原判決六枚目表二行目「2項の仮処分……」から五行目「……に応訴するため、」までを「4項の仮処分異議事件、これに対する控訴事件(東京地方裁判所昭和四一年(レ)第一九一号)およびその本案訴訟事件(八王子簡易裁判所昭和三八年(ハ)第二一号境界確認請求事件に応訴するため、)と改める。

(4)  原判決八枚目表六行目「金一六七万六〇〇〇円」とあるのを「金一六七万三〇〇〇円」と訂正する。

(5)  原判決一〇枚目表一〇行目「日野町長のなした道路認定は、」とあるのを「日野町長はさきにほぼ本件通路敷に当る部分について町道として道路認定をしたが、右処分は」と改める。

(6)  原判決二二枚目表末行に「別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の個所」とあるのを「別紙図面(一)記載の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(イ)の各点を順次直線で結んだ土地」と改め、二三枚目表八行目「別紙図面」とあるのを「別紙図面(二)記載の」と改め、原判決添付図面二葉を本判決添付図面の通り改める。

理由

一、控訴人利平が昭和三八年三月初めごろ居宅とその東側の道路との境界に沿って万年塀の建設の基礎工事を始めたところ、被控訴人らの先代梅田房一(以下単に房一という)から控訴人利平に対し仮処分申請があり、八王子簡易裁判所が昭和三八年三月九日申請通り建築工事中止の仮処分決定(八王子簡易裁判所昭和三八年(ト)第八号、以下第一次仮処分という)をし、同月一一日その執行がなされたこと、これに対し、控訴人利平より異議申立があり、同裁判所が昭和四一年五月一一日仮処分決定取消の判決(同裁判所昭和三八年(サ)第六八号)をし、これに対し房一が控訴(東京地方裁判所昭和四一年(レ)第一九一号)したが、昭和四一年一二月一九日その控訴を取下げ、同年一二月二六日第一次仮処分の執行を取消したこと、ところがこれよりさき昭和四一年一二月六日房一より控訴人ハナに対し仮処分申請がなされ、同日東京地方裁判所八王子支部は前記万年塀建設の基礎工事中止の仮処分決定(東京地方裁判所八王子支部昭和四一年(ヨ)第五八八号、以下第二次仮処分という)をし、同月八日その執行がなされたこと、これに対し控訴人利平から第三者異議の訴が提起され、昭和四二年三月六日強制執行取消決定がなされ、同月七日第二次仮処分の執行が取消されたこと、第一次仮処分の本案訴訟である八王子簡易裁判所昭和三八年(ハ)第二一号境界確認請求事件について昭和四一年五月一八日控訴人利平勝訴の判決がなされたこと、第二次仮処分の本案訴訟である東京地方裁判所昭和四一年(ワ)第一一五四八号通路の境界確認請求事件について控訴人ハナの勝訴の判決がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、本件の争点は第一次第二次仮処分の執行およびその本案訴訟の提起が控訴人両名に対し不法行為を構成するか否かである。

(1)  先づ被控訴人らは本訴においても原判決添付別紙目録(三)記載の土地(以下本件土地という)が被控訴人らの所有に属する旨主張するので、この点を判断する。

≪証拠省略≫によれば、八王子簡易裁判所昭和三八年(ハ)第二一号境界確認等請求事件の判決において、房一は控訴人利平に対し原判決添付別紙目録(二)記載の土地(以下係争通路敷といい、本件土地はその西側の一部である。)につき房一が所有権を有することの確認を求めたが、その請求を棄却されたこと、東京地方裁判所昭和四一年(ワ)第一一五四八号通路の境界確認請求事件において房一は控訴人ハナに対し本判決添付別紙目録記載の土地(以下本件土地という)が房一の所有に属することの確認を求めたが、棄却され、これに対し房一より控訴(東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第二〇二七号)したが、これまた棄却されたことが明らかであって、当時これらの判決は確定したから、房一の一般承継人(相続人)である被控訴人らは確定判決に反する主張をなしえないものであって、本件土地が房一の相続人たる被控訴人らの所有に属する旨の主張はこれを採用することができない。

(2)  ところで仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取消された場合において、これを執行した仮処分申請人が右の点について故意または過失があったときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人が仮処分の執行により受けた損害を賠償する義務があるところ、一般に、仮処分命令が異議手続で取消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴となって、その判決が確定した場合には、特段の事情がない限り、申請人において過失があったものと推定するのが相当であって、ただ申請人においてその仮処分申請をするについて相当の事由があったことを主張立証した場合に限り、故意過失がなかったものと判断すべきである。

そこで房一が第一次仮処分および第二次仮処分を申請するについて相当の事由があったか否かを検討する。

(3)  ≪証拠省略≫によると、房一が第一次仮処分によって保全しようとする権利について主張するところは、本件土地を含む係争通路敷についての所有権または通行地役権であって、房一の先々代房吉が明治二〇年頃当時の所有者山口平太夫からこの土地を譲受けたというのであり、また通行地役権は明治四一年七月一五日房一の先代留吉が取得時効の完成によってこれを取得したというのであるが、仮処分異議の判決(八王子簡易裁判所昭和三八年(サ)第六八号)も本案訴訟の判決(同裁判所昭和三八年(ハ)第二一号)も右の主張を認めるべき証拠なしとして、仮処分決定を取消し、また本案の請求棄却の判決をしたことは、さきに触れた通りである。

ところで房一の主張する所有権取得の証拠としてめぼしいものは、乙第三九号証(房一の尋問調書)、乙第一七号証(日野市長の証明書)、原審における証人加納しずよの証言および被控訴人梅田忠雄本人尋問の結果であるが、房一の供述するところは「父からそのように聞いていた」というだけであって、譲渡証書ないしこれに類する書面はないし、公簿上にもそのような記載は見当らない。かえっていずれも成立に争いのない甲第一号証の二(房一作成の上申書)および甲第八号証の二(房一作成の道路境界調査願)にくると、房一は右の供述とは逆に、昭和三四年三月九日係争通路敷のあたりが町道であることを認め、民有地との境界が不明確なので、調査されたい旨を日野町長に対し申出ているばかりでなく、第一次仮処分申請にあたっても右の土地が町有地である旨の上申書を提出しているのであるから、房一の前記供述は不確かなもので信用できないというほかはなく、原審における証人加納しずよの証言も被控訴人梅田忠雄本人の供述も父から聞いたというものであるから、房一の供述同様信用性がうすいといわざるを得ない。乙第一七号証は、前記訴訟の終了後昭和四二年一〇月一三日房一の代理人弁護士古賀光豊が日野市長に対し図面に赤く表示した部分が房一の所有地であることの証明方を申請して容れられたものであるが、その一ヶ月後同市長によって右の証明は誤記であったことが文書によって明示されたことは、成立に争いのない乙第一八号証によって明らかであるから、これを証拠となしえないし、乙第一七号証では図面上赤く塗られた部分に本件土地が含まれるか否かも判らない不完全なものである。

次に通行地役権の時効取得の証拠としては、前記乙第三九号証に房一の供述として、明治年間からその辺りが道路になっていたというだけであるから、時効取得の要件としては不充分であることは言を俟たない。

却って≪証拠省略≫によれば、房一の先々代房吉が明治の中頃から日野市豊田字間門五三九番二号と同所五七三番との土地を所有していたこと、控訴人利平の先々代佐吉が明治二七年四月二八日同所五七〇番五七一番合併地を取得したこと、旧公図によれば係争通路敷に当る部分の土地は右五七〇番五七一番合併地の東端部に当り、その部分には房一の先々代房吉の所有する土地はなかったことが認められるし、≪証拠省略≫によれば、係争通路敷のうち本件土地を除く部分は大正一〇年六月一〇日日野町町道と認定されたこと、被控訴人梅田シヅが大正一二年房一の許に嫁に来た頃から係争通路敷のあたりは通路となっていて、その西側の有竹の所有地との境には生垣が植えられていたこと、その生垣の植木が大きくなったため、通路が狭くなったが、生垣は移動しなかったこと、房一も長年そこを町道と認めてきたが、昭和三四年に至り、この町道は真直ぐの筈なのに有竹の生垣が出張っているため、曲って狭くなっているとして、日野町長に対し町道と民有地との境界の調査方を願出たこと、そこで町の係員が房一ら関係者立会のもとに境界を調査し、町道の幅を六尺と判断して測量の上、生垣の線以西は町道に入らないとして杭打ちをしたこと、房一は不満ながらこれを承諾したことが夫々認められる。

なお被控訴人らは、日野町長のした町道認定は道路敷について所有権または使用権を取得しないでなされたものであるから、無効であると主張するが、右町道認定の経緯は不明であるけれども、何分にも約五〇年も以前のことであり、本件の起きるまで長年町道として扱われていて、従来異議のでた事実のなかったことに照らすと、明確な反対証拠のない本件においてこれを無効とすることは相当でないというべきである。そればかりでなく、町道認定が無効だとしても、これによってその部分に房一が所有権ないし通行地役権を有することにはならず、まして本件土地に房一の所有権や通行地役権を認めることはできないから、この点からしても右の主張は理由がない。

更に≪証拠省略≫によると、房一は第一次仮処分を申請するに当りその理由として主張するところは、当初、係争通路敷は日野町の所有にかかる町道であるが、房一の先先代の時代にここに幅七尺から八尺余の通行地役権の設定をうけ、近隣の者の通路として使用して来たところ、控訴人利平がこれを侵してブロック塀を建てだし、道路幅を六尺に狭めてしまっているというものであったが、控訴人利平の反論にあって、前記の通りその主張を変えたものであることが認められる。

以上の事実関係に照らすと、房一が本件土地についてはもとより、これを除いた係争通路敷についても、所有権や通行地役権を有するものでないことは明白である。そればかりでなく房一は昭和四一年五月一八日仮処分異議訴訟においても、本案訴訟においても敗訴し、仮処分異議判決に控訴(仮処分決定取消について仮執行の宣言が付されていなかった)したものの結局昭和四一年一二月一九日控訴を取下げ、同年一二月二六日に至り、第一次仮処分の執行を取消した(右の事実は当事者間に争いがない)が、前記の経過に照らすと、右の控訴は濫上訴のそしりを免れない。

(4)  房一が昭和四一年一二月六日控訴人ハナを債務者として第二次仮処分を得て、同月八日その執行をしたことは前記の通りであるが、≪証拠省略≫によると、その被保全権利として主張するところは、本件土地を含む係争通路敷は、房一の所有に属する間門五七三番の土地の一部であること、そうでないとしても大正七年七月一六日二〇年の取得時効の完成により房一の先代留吉がその所有権を取得したものであるとし、予備的に留吉が大正七年七月一六日取得時効により通行地役権を取得したものであるとし、更に道幅六尺では狭少なので囲繞地通行権に基き本件土地についても通行権を有すると主張したが、いずれも否定され(東京地方裁判所昭和四一年(ワ)第一一五八四号)、これに対し控訴したが、控訴審において新たな証拠調がなされずに控訴棄却となった(東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第二〇二七号)ことが認められる。房一は第二次仮処分において新たに所有権の時効取得や囲繞地通行権を主張したものの、房一の主張を裏付ける証拠としては、さきにあげたもののほか格別のものは見当らないのである。してみると第一次仮処分の異議訴訟においてもその本案訴訟においても、証拠が薄弱のためいずれも第一審で敗訴となったのに拘らず、若干の主張を付加しただけで、これという根拠がないのに、控訴人ハナを相手方として別の裁判所に仮処分を申請し、その決定を得て執行し、ブロック塀の建設を中止させ、第一次仮処分と事実上同一の目的を達したことは、仮処分の濫用というほかはない。

(5)  以上の次第で房一は第一次および第二次仮処分を申請するについて被保全権利がないことを知っていたか、または少なくとも過失によってこれを知らなかったものと言うことができる。

してみると房一は控訴人利平に対し昭和三八年三月一一日より昭和四一年一二月二六日まで第一次仮処分を執行したことにより、ついで昭和四一年一二月八日から昭和四二年三月七日まで第二次仮処分を執行したことにより、コンクリートブロック塀の建設を不可能ならしめ、また控訴人利平をしていわれのない訴訟に対処するため弁護士を依頼して裁判手続をとるのやむなきに至らしめたのであるから、これらによる損害を賠償すべきであり、控訴人ハナに対しては第二次仮処分に関し同様損害賠償に任ずべきである。

三、よってその損害について検討する。

≪証拠省略≫によると、第一次および第二次仮処分の執行により、市道との境界に沿って建てる予定のコンクリートブロック塀の完成が遅れ、このため控訴人利平方は不用心となり、また庭先で行う農作物の乾燥が風をうけて若干支障のあったこと、更にいわれのない仮処分を長期間執行され、精神的苦痛を蒙むったこと、控訴人ハナもいわれのない第二次仮処分の執行をうけ精神的苦痛をうけたものと判断され、前認定の事実関係を考慮すると、房一の支払うべき慰藉料は控訴人利平に対し金二〇万円、控訴人ハナに対し金一〇万円を相当とする。

≪証拠省略≫によると、控訴人利平は弁護士平原謙吉、同平原昭亮に依頼して、第一次仮処分に対し異議を申立て、本案訴訟に応訴し、更に第二次仮処分の執行に対し第三者異議の訴を提起し、これら訴訟を遂行させ、その手数料として金一〇万円を支払ったこと、これら訴訟の遂行に必要な資料として本件土地や係争通路敷の測量図を作成するため、測量士清水徳治に依頼してその測量をさせ、費用として金一万五〇〇〇円を支払ったこと、控訴人ハナは弁護士平原謙吉、同平原昭亮に依頼して第二次仮処分の本案訴訟等に応訴し、その手数料として金二〇万円を支払ったことが夫々認められる。そして第一次第二次の仮処分に対処して訴訟手続をとるための弁護士に支払う手数料としては控訴人両名につき夫々金一〇万円が相当であり、また必要な資料作成の費用として測量費金一万五〇〇〇円も房一の賠償すべき損害として相当な範囲にあるものと認められる。

よって房一は控訴人利平に対し計金三一万五〇〇〇円、控訴人ハナに対し計金二〇万円を賠償すべきであるから、控訴人両名の請求は右の限度でこれを認容し、その余を棄却すべきところ、房一が死亡し、被控訴人シヅが妻として、その他の被控訴人は嫡出し子として房一を相続したことは、当事者間に争いがないから、法定相続分に応じて、被控訴人シヅは控訴人利平に対し金一〇万五〇〇〇円を、控訴人ハナに対し金六万六六六七円を、その他の被控訴人は夫夫控訴人利平に対し金四万二〇〇〇円を、控訴人ハナに対し金二万六六六七円を、いずれも訴状送達の日の翌日である昭和四四年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を付して支払うべきものである。

よってこれと異る原判決を取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条九二条九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を夫々適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 横山長 裁判官小木會競は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 室伏壮一郎)

〈以下省略〉

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